はじめに

またまた久しぶりの更新です。
〇ポジティブな気持ち
- 窮屈で時間的な制約が強い社会人生活からの解放
- わずらわしい人間関係からの解放
- 会社の中で背負ってきた責任感からの解放
- 新しい世界、未来への期待
- 24時間自由に使える時間の獲得
〇ネガティブな気持ち
- 世間が働いている中、働いていないことへの罪悪感、うしろめたさ
- 人と会うことが極端に減ったことによる疎外感、孤独
- 金銭面を中心とした将来への不安、時として絶望
- 金銭的不安がつきまとう中で、お金を使うことに対して芽生えた恐怖感
セミリタイア達成後の気持ちシリーズと題して語る第7弾!
ネガティブな気持ちの2段目「人と会うことが極端に減ったことによる疎外感、孤独」について語りたいと思います。
疎外感に対する耐性の弱さ

中学校時代にいじめにあってから、好んで一人で行動するようになった気がします。と言いつつも、集団行動を嫌っていたわけでもありません。
なぜ、単独行動を好んでいたかは、理由は自分なりには明確でした。集団の中にいて、いじめられて集団からはじかれることがみじめで耐えられなかったからです。
であれば、自ら単独行動をとることで、何かしらの理由で集団から外れた時でも、みじめにならない術を中学時代に身に付けたとも言えます。
なにか事件が起こっても、一人に帰れるようにしておこう・・・そのための単独行動だったと思います。
これは、集団でいることにある種の恐怖を感じながら、常に生きていることであります。一方で、集団からハブられる疎外感にも相当の恐れを抱いていたことがわかります。
中学生以来、友人関係も含めて他人との付き合いは、つかず離れずを心掛けてきたつもりです。この生き方は、集団に属することへの恐怖、また、集団からハブられた末の疎外感への恐怖から、そうした距離感になったのだろうと思います。
自分が疎外されていると実感することから、ずっと必死に逃げてきたと言えますね。
自ら退職の道を選びました。はからずも、集団から孤立した状況に自ら飛び込んだ形になります。現在、いかなるコミュニティにも所属できていない状況に疎外感を感じているのは事実です。ゆううつな気分になることもありますね。
孤独に対する耐性の強さ

一方で、家に引きこもること、一人で行動すること自体には、全く不安はありません。また、友人と一緒に遊びたいとか、飲みに行きたいとかも思いません。昔から、そういった気持ちはほとんどありませんでした。
基本、一人で行動するのが気が楽。一人飲みが一番楽しい!そんな性格でした。孤独に強いという意味においては、セミリタイア向け、Fire向けの性格と言えそうですね。
疎外感への耐性はありませんが、孤独に対する耐性は強いと思います。
疎外感と孤独の違いとは何か?

「疎外感」と「孤独」の違いとはなんだろうか?どちらも、外形上は一人でいる状況なんだろうと思います。ネットの「実用日本語表現辞典」で調べてみました。
「疎外感」:疎まれ、排除されている感覚。特に自分に対して言う。
「孤独」:仲間や身寄りがなく、ひとりぼっちであること。思うことを語ったり、心を通い合わせたりする人が一人もなく寂しいこと。また、そのさま。
まあ、意味としては似ていますね。自分なりの解釈では、「疎外感」は、集団・他人などの外からの圧力で不本意ながら一人になってしまう状況。一方で、「孤独」は、理由はどうあれ、一人でいる状況、という整理をしています。
だから、「孤独」には、自ら一人でいる状況も含まれていると考えています。孤独を愛するという言葉もありますからね。
まあ、「疎外感」「孤独」の解釈の違いをながながと語ってきましたが、結局今の状況はどうかというと、「自ら退職の道を選んだのに、なぜか、とても「疎外感」を感じているが、「孤独」な状況を楽しんでいる自分もいる!」といった状況ですね。
おわりに

「疎外感」を感じている原因は、今の自分の状況に自信をまったく持てていないからなのでしょう。具体的には、自信をもって、今の状況や生き方を他人に話せないメンタルの問題だと思います。どこかで後ろめたい気持ちがあります。
だから、友人、かつての仕事の同僚、家族に会いたくないといった状況になってしまっています。「今の状況、他人が見たらどう思うだろうか?」良い解釈される自信が全くないのですよね。そんなことを気にする、非常に懐の小さな人間であることに気づかされます。
そもそも、そんな気持ちになって、ゆううつになるなら、会社辞めなかったほうがよかったのでは?とすら思ってしまいます。
社会的な視線を気にする性格の方は、道から外れないほうが良いと思いますね。
でも、今の道を選んだことに後悔しないよう前向きに生きていきたいと思います。
とりとめのない文章になってしまい、すみませんでした!


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